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悪いチームを経験して、良いチームの有り難みを知る

小学校1年生から地元の少年野球チームで野球を始め、
毎週末は練習か試合、平日も学校から帰るとランドセルを置いてすぐに公園へ行き、
野球やサッカーなどをして過ごしていた。

野球チームでは、上の学年の試合に出たり、
6年生のときには副キャプテンでピッチャーを任されたりと、中心選手にもなった。

そんな私は中学でも迷うことなく野球部に入った。

上下関係に立ち向かう2年間

中学に入ると、それまであまり意識したことのなかった先輩・後輩の関係に戸惑った。

まともに練習もさせてもらえず、球拾いと準備・片付け、荷物運びだけの日々。

それも、3年生が引退する夏までだと考えれば、割り切ることもできた。

しかし、3年生が引退し、1・2年生だけのチームになっても状況は変わらず、
しびれを切らして退部し、クラブチームに移った友達もいた。

加えて先輩からの嫌がらせ。

大好きだった野球を初めて「サボる」こともした。

それでも辞めようとは思わなかった。

簡単に辞めてしまっては、嫌なことから逃げたことになる気がしたし、野球を辞めるのも嫌だった。加えて、そこには同じ状況を共有する同学年の仲間もいた。

自分たち世代では全員が勝利のために

そのような状況は、先輩が引退するまで(若干改善はしたが、)
ほとんど変わらなかった。

そして3年生最後の大会。

2年生の多くがスタンドで応援する中、自分を含め背番号をもらった二年生もいたが、

「試合に勝って欲しい」、「このチームで少しでも長く野球をしたい」

と思っている2年生は、スタンドにも、ベンチにもいなかった。

それを見て「自分たちのチームはこんな風にはしない」と誓った。

新チームになり、自分は副部長に任命された。

ポジションはピッチャー。

そして迎えた秋大会ではそれなりの成績を残し、目標としていた県大会出場に向け、
冬場のトレーニングでチームを強化しようとしていた矢先、衝撃の事実が発覚する。

肘を故障していたのだ。

大怪我と向き合い、チームに貢献する

告げられた病名は「離断性骨軟骨炎」

肘の骨が欠け、欠けた骨が原因で周囲の組織が炎症を起こしてしまう病気だ。

治すには手術をした上で、最低でも半年ボールが投げられないリハビリ期間を要するとも言われた。

その時点で、小学校1年生から続けてきた野球の、中学最後の大会に出場できないことが確定した。

正直、落ち込んだ。

今までの練習や苦労が意味のないものになったようにも思えた。

それでも、部を辞めようとは思わなかった。

そこには「チーム」があり、「仲間」もいた。

それまでの自分は、ピッチャーとして結果を残すことが第一であると考え、
副部長としてチーム全体のことを考えるのを後回しにしていた。

そこで、副部長としてチームに何ができるかを考えたときに、
自分には他の部員よりも長い野球経験があった。

それを生かして技術指導や試合中の考え方を教えるなどで、チームに貢献することにした。

そして迎えた最後の大会。

チームは敗退し、目標としていた県大会出場は叶わず、
個人としても代走として出場しただけだった。

でもそこには、皆が負けたことの悔しさを共有した「チーム」があった。

それを見たときに、自分がそれまでしてきたことが間違っていなかったのだと思った。

良いチームとそうでないチーム、両方を経験したからこそ、良いチームで仕事がしたい、
また良いチームを自分の手で作ることができる人になりたいと思う。

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プロフィール

岸 駿太郎
岸 駿太郎
出身:神奈川県
大学:慶應義塾大学法学部法律学科
趣味:スポーツ観戦、ラーメン屋巡り、漫画
マイブーム:自炊

初めまして。2019年入社の岸駿太郎(きししゅんたろう)です。
大学生活で感じた一番のことは、「できないこと」が「できる」ようになることが嬉しく、
その嬉しさが次の「できないこと」に挑戦する原動力になるということ。
ITという未経験の分野で、個人としても、会社としてもその嬉しさを積み重ねていけるよう頑張ります。
よろしくお願いいたします!

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